犬切不動の伝説

不動信仰の息づく寺

栃木県に伝わる民話の中に「犬切り不動」というお話があります。
当山はその舞台となったお寺であり、この逸話から、古来「開運犬切不動尊」の愛称で親しまれております。物語に登場する《犬を切ったお不動さま》は今でも不動堂に安置され、開運厄除の仏さまとして多くの人々に信仰されております。

民話『犬切り不動』

昔むかし、栃木県のある寺に、智念(ちねん)という名の小僧がおりました。この智念さん、育ちざかりで食いしん坊な上に大変ないたずら好きで、いつも和尚さまを困らせておりました。


そんなある日の朝、お不動さまにお供え物をするため、智念はいつものように不動堂へ参りました。すると、昨日お不動さまにお供えしたはずの饅頭がなくなっていることに気づきます。


  -「和尚さま大変です、昨日お供えしたはずのお饅頭がなくなっております」


これを聞いた和尚さま、始めのうちは「そんなはずはない、もう一度辺りをよく探しなさい」と智念を諭しておりました。しかし不思議なことに、明くる日も、その次の日も、お不動さまにお供えしたはずのお供え物が一晩のうちに消えてしまうのでした。


  -「和尚さま大変です、昨日お供えしたはずのおはぎがなくなっております」
  -「和尚さま大変です、昨日お供えしたはずのお団子がなくなっております」


さて、このようなことが毎日続きますと、仏の顔も何とやら、いよいよ和尚さまは腹を立て、智念を呼んで叱りつけます。


  -「智念よ、お前がいつ止めるのかと黙って様子を見ておったが、もう堪忍ならん。このわしの目を盗み、こうも毎日お不動さまのお供え物を盗み食いするとはけしからん、この罰当たりめ」


身に覚えのない智念さん、和尚さまに、食べたのは自分ではない、と必死に訴えますが、まったく信じてもらえません。


このことに大変心を痛めた智念は、お不動さまにおすがりして身の潔白を証明するしかないと考え、3・7・21日間の汁断ち(一汁一菜の食事のうち、汁物を摂らないこと)をお不動さまに誓い、願をかけました。


  -「わたくしがお供え物を盗み食いしていないことは、お不動さまが一番よくご存じのはずでございます。ですからお不動さま、どうかわたくしの身の証を立ててください」


この日から、智念はお不動さまにお誓いしたとおり、毎食欠かさず汁断ちをし、毎朝お不動さまにお参りをしました。


そうして、ついに結願の21日目。
智念はいつもより早起きし、まだ日も登らぬうちから不動堂にこもり、お不動さまに一心に祈っておりました。すると、お不動さまのすぐそば、いつもお供え物を置いている机の辺りから、にわかにただならぬ気配が。見れば、巨大な化け物のような何者かが、両の眼をらんらんと光らせ、恐ろしいうなり声をあげながらこちらを睨んでおります。


あまりの恐怖に腰を抜かし、逃げることもできずその場に座り込んでしまった智念さん。化け物はここぞとばかりに、動けない智念に襲いかかろうとします。もはやこれまで、と思われたその時、一瞬の閃きとともに、


「ギャオオオオオオオオォォォォォォ」


という、世にもおぞましい悲鳴が、暗闇の中から聞こえてきました。智念は恐ろしさのあまり、その場で気を失ってしまいました。


時を同じくして、悲鳴を聞きつけた和尚さまと兄弟子たち。
何事かと驚き不動堂に駆けつけると、そこには気を失い倒れている智念が。さらにお堂の中を見やれば、なんと、身の丈が子牛ほどもあろうかという大きな白猛犬が、血を流し、お不動さまのすぐそばに倒れていました。一同、おののきながらもその血の跡をたどってみると、驚いたことに、お不動さまの手にした剣から、鮮血がしたたり落ちているではありませんか。


  ―「なんと、盗人の正体はこの犬であったのか。お不動さまは智念の祈りにこたえ、彼の身の証をお立てになられたのだ。なんとも不思議な、ありがたいことよ。智念よ、疑って本当にすまなかった」


それ以来、このお不動さまは「犬切り不動」(犬を切ったお不動さま)と呼ばれるようになり、「開運犬切不動尊」として今でも人々に親しまれているそうな。めでたし、めでたし。